ア・ビアントとフレブルkotaの奮戦記と薔薇

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zoom RSS しばらくおやすみしていました。

<<   作成日時 : 2009/12/28 02:35   >>

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しばらくおやすみしていました。





2009’12.16 父が永眠いたしました。


2008'9 ○生会病院で腹部大動脈瘤が2つみつかりました。
2008' 11 再度、静○市立病院にて検査をして頂き5cmの瘤でした。
まだ手術をする大きさでもなく、父の体力から手術は無理だろう
とのことで様子を見るようにと2009’5の検査予約して帰りました。

2009’5 検査して頂いた時、8cmまで大きくなっていました。
診断結果は三層になる血管の内側、一層で破裂
だったようです。

2009’6.22 すぐカテーテルとステントの手術のために入院しました。

6.24 夜10時すぎ、下血したと連絡が入りすぐ病院へ検査の結果
腸が大きくなった瘤と接触(癒着)ていたため破裂し1ミリ穴があき
朝までもたないと言われICUで12人の家族みんなで交互に
行きかい見守る中、朝、出血が奇跡的にとまり、先生の判断
からまずチームを呼んでカテーテルとステンドを一度に手術、
6時間でした。
翌日、十二指腸をと腸を15cmとつなぐための腸の
切除を8時間、無事成功。肺炎を起したり危ない時期もあった
けどICUも乗り越えHCUに移れ一般病棟に移れるまで
回復しました。

ただずっと感染症の数値が悪くもともと食べない
人でしたので食べる事をしてくれず、胃ろうの手術をして
頂いて直接液体の食事を胃へ入れる練習を家族みんなで
練習しました。

2009'8.11 退院が出来、介護師の方々に連携でベットや色々と頼んで
胃ろうの支度して、家での介護がはじまりました。

2009’8.24 退院後の検査で病院へ行き感染症の疑いの 数値も悪く
もともと退院前も 肺炎も起きているかもと言われていたので
再度に入院。
抗生剤を換えて行く中で聞いたことのある菌がなくなっては
また違う菌が出できて、抗生剤を変えるが続きました。
胃ろうをしていましたが 家族は口から食べてもらおうと
試行錯誤していました。母がおもゆ 作っては少しでも口から
飲んでもらう努力もしていました。

2009’9下旬 かなり元気になり薬も効いて数値の結果次第では
退院かも と期待し、車椅子にも乗って館内を散歩したり
富士を見たり自分でトイレで済ませる事が出来て
いしました。

2009’10 上旬 数値が退院と言えるまで良くなっておらず
館内の多目的ホールで私が父の伸びた髪をカットして
喜んでくれていました。

2009’10下旬 手術した場所よりの出血。 下血をしました。
また腸からの出血、検査で縫い目から漏れが見つかり
ました。もう手術できないと言われ、大動脈瘤
も感染症で抗生剤が効が体力がないため菌がなくなり
ませんでした。
貧血から輸血をしました。

2009’11下旬 また下血。
延命処置をするか決めなくてはならなくなりました。
輸血をして頂きました。

2009’12 父の誕生日 家族が集まり声を掛けお祝いをしました。
ずっと息もあらく熱が出でいる中、みんなと帰るときの挨拶は
必ず 手を出しパッチンと手と手で挨拶でした。
「また明日来るね、仕事頑張ってくるからジージーも頑張って」と
言うと手を上げて合図をしてくれていました。

高熱が続き少しづつ話せなくなりタンも多くなり、息をする事が
辛く大変そうでした。目も虚ろで、でも耳は聞こえていてくれた
のでいっぱい話しました。母一人での夜中や昼間の介護は
無理だと家族みんな時間をローテーション組み見守る中

2009’12.16 pm10:10
弟夫婦 妹夫婦 姪たち甥たち と母、私、12人みんなで
「息して」と声を掛けると その声に応えて息をしてくれていた
父が口を「あがとう ありがうと」動かし、呼んでも呼んでも
段々と息をしてくれなくなりました。
「頑張たぞ!!すごいだろ!!」と微笑んだ
いい顔をしてくれていました。

ホームドラマで昔、皆で呼びかけて亡くなるシーンを
見たことがありました。
本当に皆に見守られ、私たちも立ち会えて幸せでした。
寂しくて仕方がなく母も家族もまだ病院にいる気がして
父の死を受け入れていません。
追々、実感していくのだと思います。

いつも先生にこんなにすぐみんな集まり愛されている暖かい
家族を見た事がないと言って頂きました。

父は私の仕事をいつも「今日はどうだったんだ?」と
お客様が来てくれたのかを心配し気に止めてくれていました。
しっかり楽しく仕事をする事が供養になると思っています。


kotaは解かっていて良い子でお留守番をしてくれていました。
葬儀当日、母を着付けるために車で会場に行った時に係りの方に
「すみません。生前可愛がっていた犬を最後のお別れをさせたいので
すが?」 と聞いた見たところ、良いですよ!!と中に入れてもらってkotaも
父と最後お別れができました。



昨日着いたと喪中のはがきを見て心配して来てくださった方が
今日だけで5人。メールや電話も含めると数えきれません。
お通夜も友人も含め葬儀も沢山の方が来てくださいました。
年配者の町内の方たちだけでは心持たなかったので急な頼み
だったのですが受付も親友たちが二人 2日間仕切ってくれました。
ものすごくありがたかった。本当に良い方々に恵まれました。

本当に暖かく、父らしい賑やかな、そして涙涙の葬儀でした。
気付くと住職さんまで泣いてくれていました。
時々、熱の高い父のおでこにおでこをくっ付くて熱が高いのを感じて
いました、そでも生きていてくれると実感して…妹は寝ずにむくんだ
父の手をさすってもとの綺麗な父の手に戻してくれました。
弟の目をじっとみつめ頼むぞと云っていたよよう見えました。
御棺を閉めるときおでこを くっ付くけましたがドライアイスで冷えきった
父のおでこでした。もうここにいないと思い知らされました。

通夜前日、母が寝ながら私に話ました。
50年近く、仕事もいつも一緒だった父。
一週間前ベットで話しがまだできるとき、

父が、母に、自分の鼻を指し「先に逝っていいか?」と言ったそうです。
母は泣きながら「おいてかないで逝かないで!!」
「良い子供達をありがとう」と母は父に言ってくれたそうです。
父は涙を流していたと…
父は母が大好きでした、母も父が大好きでした。
看護師さんが「お母さんの自慢ばかりなのよ」って
言ってくれたくらい、夜は母を呼ぶので完全看護の病院ですが
母がいつでも泊まれるように配慮してくださいました。
疲れている母と夜の付き添いを変わっていい?と聞くとなかなか
うなずいてはくれませんでした。
今回、前に出る事が苦手な弟が本当に大変だったと思うけど
頑張ってくれています。


お父さん
頑張った分ゆっくり休んでね。
家族の側にいつもいてね。
帰りの車の中、骨壷に入ってしまった父を 甥とふたり摩りながら
青い空と夕焼けと富士が綺麗でした。

父も私も晴れ男、晴れ女、2日間とも綺麗な富士山と空。

偉大で尊敬する父でした。
格好いい父でした。
読んで頂いてありがとうございました。






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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
kotaくんの笑顔のブログの背景にこのような出来事が起きていたなんて・・。
家族のきずなについて改めて考えさせられました。
お父様のご冥福をお祈りいたします。
フンギ
2009/12/28 20:27
更新されていなかったので心配をして居ました・・・
お疲れ様です。
私ももう4年ですが・・・ガンで母を半年病院で看病看取りました・・我が家の場合恥ずかしい事に2姉妹なのに仲が悪く・・・姉は最後まで看病どころか見舞いにも来ませんでした・・・
私の父がまだ元気で片道1時間かかる道を毎日看病に来てくれたことが救いです。最後の方は意識もなく・・毎日その母に明日来るぞと言って帰る父がなぜかその日言わないで帰ったそうです。
なくなる前の日、肺に穴もアキ息をするのも大変で意識がなかった母が見浮腫んだ足をさする私に最後の言葉をかけてくれました・・・まさかそれが最後になるとは・・・
次の日病院から急変の電話でその日は午前中に父が見舞い・・・仕事帰りに私は病院に1人駆けつけました。
私を待っていた様に息をひきとり・・もう4年いまだに夢も出て来てくれません・・・最後の痩せ細った顔なくなった時の顔しか思い出せず・・・いまも心の中で苦しんでます・・・
看病出来た事は今に思えば良かったと思ってます。
思いだすと涙が止まらない時期もありました。
きっと時間が癒してくれると思います。
今回の記事を読み重なることもあって涙が出てしまいましたが・・・
kota君が居ます!
早く元気になってブログ再開して下さいね!
まってます・・・
poohママ
2009/12/28 21:48
優しくて、いつも面白いお父さん…
愛する家族みんなに囲まれて逝かれたのですね。
心よりご冥福をお祈り申しあげます。
まだむ
2009/12/29 18:52
時間が心にぽっかり空いた穴を埋めてくれる・・・と自分の時にはそう思いました。
しばらくは思い出すたびに寂しさがこみあげてくると思いますが、人は一歩ずつ前進していくように神様が創ってくださいました。
お父様は亡くなられてもカーカーさんを常に守ってくださってます。
お母様のためにも、元気に頑張ってくださいね!
また、遊びましょうね!
こなつのお母さん
2009/12/29 19:47
横浜の○奈子のだんなです。お父様の死去のはがき、嫁共々びっくりしてしまいました。心よりご冥福お祈り申し上げます。
ブログ文面の端はしに家族の絆の強さが感じられました。いい家族ですね。うらやましい限りです。
きっとお父様も安心してお眠りになれるのではなでしょうか。
来年は明るい年であらんことをお祈り申し上げます。


○奈子のだんな
2009/12/30 19:40
優しく面白く男気のあるカーカさんのお父様の姿が今でも思い浮かばれます。愛する家族皆に見守られお父様は幸せだった事と思います。
そして、お父様はカーカさんの側でいつも守っていてくれてる事でしょう。
心よりご冥福お祈り申しあげます。




浜っ子○奈チャン
2009/12/30 23:04
※※ふんぎくん※※

お返事遅くなってごめんなさい。
仕事柄とっても忙しくPCにむかえませんでした。
家族って良いものですね。
kotaもとっても良い子で待っていてくれ
今回は本当に癒してくれました。
お悔やみの言葉ありがとうございました。
kotaくん
2009/12/31 19:35
※※ poohママ ※※
お返事遅くなってごめんなさい。
仕事柄とっても忙しくPCにむかえませんでした。
poohママはお母様を亡くされているのですね。
夫婦の絆ってすばらしいと思います。
お父様も一時間掛けて毎日お母様に会いに
行かれたなんて頭が下ります。
母も皆勤賞でした。
どれだけやり尽くしても足りないと思いますが
あの時出来ることは出来るだけと思って
自分が後悔のないようにやってきました。
父っこだったので今も泣けて泣けて
なりませんが、隣りにいると信じて頑張ります。
本当にお悔やみありがとうございました。
kotaくん
2009/12/31 19:35
※※まだむちゃん ※※
お返事遅くなってごめんなさい。
とっても忙しくPCにむかえませんでした。
面白くて甘えん坊の寂しがり屋
そのくせ強がりで可愛い人でした。
そう家族みんなで耳守りました。
本当にお悔やみありがとうございました
kotaくん
2009/12/31 19:35
※※こなつのお母さん ※※
お返事遅くなってごめんなさい。
とっても忙しくPCにむかえませんでした。
そうなんですよね。時間しかないと思って
います。前に前進できるよう父に恥じない
人生になるよういつもいつも一緒だと
信じて頑張ります。
本当にお悔やみありがとうございました。
また遊んでね。
kotaくん
2009/12/31 19:36
※※ ○奈子のだんな さん ※※
お返事遅くなってごめんなさい。
とっても忙しくPCにむかえませんでした。
お久ぶりです。ご無沙汰してしまい
はがきでのお知らせすみませんでした。
本当に家族一眼となって頑張りましたが
願い届かず、残念です。
安心てくれるよう恥じないよう
頑張って生きていきたいと思ってます。
本当にお悔やみありがとうございました。
kotaくん
2009/12/31 19:36
カーカーさん、お疲れさまでした。
そして、お父様のご冥福をお祈りします。
とても素敵なお父様とご家族ですね。
お父様はきっと、天国で家族自慢をしてらっしゃるかもしれないですね!
kotaくんも最後のお別れができてよかったです。
さみしくて辛いと思いますが、少しづつ元気になってくださいね。

あやのすけ
2009/12/31 19:36
※※ 浜っ子○奈チャン ※※
お返事遅くなってごめんなさい。
とっても忙しくPCにむかえませんでした。
懐かしいね、お刺身や料理を作ってくれて
お酒のビンを片手に飲んでいた父の横で、
○奈ちゃん、毎日、晩御飯を家で食べて
お風呂に入って、泊まって言ったよね。
お昼は母に御弁当を作ってもらって食べたね。
そばにいる気がします。父に恥じないよう
がんばるわ!!
本当にお悔やみありがとうございました。
kotaくん
2009/12/31 19:37
※※あやのすけさんヨータくん※※
天国で家族自慢していますかね!
そうだったらとっても嬉しいです。
誇らしい父でしたのけど、甘えん坊
で寂しがりで強がりな父でした。
多分、もう私たちの側にいてくれてる
と思います。そう感じます。
ありがとうございます。
これから寂しさがこみ上げる気がします。
前を向いて恥じないよう頑張ります。
お悔やみありがとうございました。
kotaくん
2009/12/31 19:40

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